学習塾の教材は紙とデジタルのどちらがよいのか【2025年版】
2025年1月8日 | お役立ち情報
昨今、学習塾業界でも「デジタル教材」と呼ばれる新しい形の学習教材が盛んに提供されるようになりました。従来の紙教材をタブレット端末用に置き換えた単純なものから、独自のアルゴリズムで問題を生成するオンラインサービスまで、その内容は多岐にわたります。
学習塾経営者のみなさんにおかれましては、新たなたくさんの選択肢に興味は持ちつつ、デジタル教材で子どもたちの学習効率は上がるのか、その見極めが難しいと感じることも多いのではないでしょうか。
そこで本記事では、さまざまな学術論文の知見を参照しながら、「学習塾の教材は紙がよいのか、デジタルがよいのか」という問いに一定の答えを提示します。その上で、どのようにデジタル教材の採否を判断すべきか、私なりの基準を紹介します。
この考察が、みなさまのデジタル教材を見る際の一つの基準となれば幸いです。
もくじ
1)「紙かデジタルか」の大きなトレンド
「学習に適したメディアは紙かデジタルか」という論争は、コンピュータが登場した20世紀から現在に至るまで継続して研究されている、いわば“定番ネタ”の一つ。研究成果には互いに矛盾するように見えるものも多く、いまだ完全な見解の一致は見られていません。
結論を先に言ってしまうと、「学習に適したメディアは紙かデジタルか」という問いへの現時点での答えは、「ケースバイケースで紙がよい場合とデジタルがよい場合がある」になります。
あまりに私たちの実感に近いので、「なんだ、やっぱりそうか」と興味を失ってしまう方もいらっしゃるでしょうか。実は、大切なのはここからです。この「紙とデジタルのどちらがよいかはケースバイケース」という結論は、ここ10~20年の研究を総括した場合の結論であり、それ以前では「紙が優位」という研究の方が多かったということを押えておく必要があるのです。
大まかなトレンドとして、2000年以前は「学習には紙がよい」という研究が主流でした。しかし2000年以降、技術が発達するにつれ「紙とデジタルは同等」「デジタルが優位になるケースもある」ということを示す研究が増え始めました。
そして、みなさんがこの記事を読んでいる現在においては「紙が優位」「デジタルが優位」「紙とデジタルは同等」の3つの結論が混在しており、まさに過渡期の様相を呈しています。
このままいけば、おそらく2030年以降はデジタルの優位性を示す研究が過半数を占めるのではないかと予想します。本記事は、タイトルで明記している通り2025年頃に読まれることを前提に書いています。もうお気づきの通り、時が経てば経つほど本記事の内容が現実に合致しなくなるからです。
こうした大きなトレンドを押さえることは大切ですが、そうは言っても私たちにとって重要なのは「いまデジタル教材を採用すべきか?」の一点です。
ここから先はいくつかの学術論文を参照しながら、この過渡期の現在において、どのような視点から「紙かデジタルか」に学習塾経営者として結論を出すべきかを考察します。
2)学習塾の教材は、紙とデジタルのどちらがよいか【2025年版】
「学習塾の教材は、紙とデジタルのどちらがよいか」について、2025年現在では次のように考えるとよいのではないかと思います。
- 基本は紙教材が「無難」。あと数年は紙教材ベースの指導でも十分やっていける。
- デジタルの良さを活かした教材には、紙以上の学習効果をもたらすものもある。
- “デジタルにしかできない優れた機能”を持つ教材であれば、採用してもよい。
- 他塾に遅れを取らないよう、新しいデジタル教材にアンテナを張ることが必要不可欠。
学習効率のことだけを言えば、「紙とデジタルは同等か、若干紙が優れる傾向を示すが、そこに有意差はない」と結論づける論文が現時点では主流です。デジタル教材には費用面や運用面でさまざまなコストを伴いますので、総合的に見て紙のままで居続けることには一定の合理性があります。
ただし、一部のデジタルの特性を活かした教材についてはその限りではありません。単語をタップするとその語の辞書的説明がポップアップで表示されたり、学習者の解答にあわせて出題が変化したりするような、“デジタルにしかできない機能”を有する教材は紙教材よりも優れた学習効果をもたらす場合が見られるとも指摘されています。
ビジネスの側面から見れば、「同じ料金、同じ指導力なら新しいことを取り入れている方を選ぶ」という顧客は少なくありません。他塾に遅れを取らないためにも、新しいデジタル教材には常にアンテナを張っておき、「これは」というものを見つけた際には速やかに採用できるよう、心構えを持っておくことが重要です。
やや保守的に感じられるかもしれませんが、生徒のためにならない教材を掴まされたり、デジタル対応の投資回収に失敗したりすることを思えば、現時点ではデジタル教材の採用はマストではないと考えています。
もちろん、優れた新しいデジタル教材はどんどん出てきますので、良いものに出会った際には臆せず採用しましょう。
3)学術論文に見るデジタル教材選びのヒント
ここからは、実際の学術論文を参照しながら、より具体的にデジタル教材選びのヒントを学んでいきます。
自塾の状況に照らしながら読み進めることで気づきが得られるかと思いますので、ぜひ「うちの塾の場合はどうだろう」と具体的にあてはめながら読み進めていただければと思います。
① 読解力・文章理解
最もシンプルなデジタル教材の活用法として、「テキストのデジタル化」が挙げられます。「たくさんのテキストを持ち歩くのをやめて、タブレット端末に一元化できると便利ではないか」と考えたことがある方は多いのではないでしょうか。
そこで気になるのは、「テキストを紙で読む場合とデジタル端末で読む場合とでは、文章読解の程度に違いはあるのか?」ということ。
■小学生を対象に紙とデジタルで読解テストを比較ーノルウェー
この点について、10歳の児童1,139名を対象に紙とデジタルの双方で同一内容の読解テストを行い、その結果を比較した2020年のノルウェーの実験では下記の結果が得られました。
- 紙の方がデジタルよりも理解度が高くなる
- 特に、女子の読解力が高い層でその傾向が顕著になる
小学生の読解指導は、特段の理由がない限り紙教材で行うのが無難のように思えます。
ただ、これは10歳児対象の1回きりの実験ですので、この結果だけを見て結論を一般化することはできません。
そこで次に、2024年最新の中国のレビュー論文を見てみましょう。
■読解の理解度を紙とデジタルで比較ー中国
2000年から2022年までの37の研究を対象に行ったメタ分析によると、全体的な読解の理解度において紙とデジタルでは有意差が見られなかったと結論づけられています。
ただし、学習者の年齢層や学習段階、国・文化的要因、テキストのタイプや長さ、読書戦略の有無、インタラクティブ性、読書時間制約など、条件によっては、紙が有利になる場合とデジタルが有利になる場合の両方が観測されているとのこと。
以上2つの論文を見るに、文章をより深く理解し、思考する訓練を積むという意味では、教材は紙でもデジタルでも構わないと言えそうです。ただし、10歳児では紙の方が有意であったという実験も考慮すると、特に学齢が低いうちは紙を使う方がリスクは小さいかもしれません。
② 宿題
家庭や生徒のデジタル環境が整ってきたことを受け、学校や塾でも宿題をオンラインで実施する機会が増えてきました。これは学習効率というよりは事務的な利便性を買われて採用されるやり方のように思えますが、純粋な学習効率という点ではどうなのでしょうか。
従来の宿題とオンライン宿題の比較
2020年のポルトガルのレビュー論文によると、オンライン宿題を扱った過去31件の研究を分析した結果、約半数において従来の宿題とオンライン宿題の間に有意差はなく、結果が混在した研究が6件、オンラインが有意な研究が9件、従来型が有意な研究が1件であり、従来型/オンラインのいずれか一方が有意であるとは言えないとされています。
留意点として、分析対象となる論文の多くが大学生を対象にした実験であったため、小中学生などより学齢が低い場合には異なる傾向が見られる可能性があることを考慮する必要があります。
デジタル端末の操作に不慣れだったり、親の端末を借りなければならなかったりなど、学齢が下がるほどデジタルが不利になるだろうと考えられます。
学習塾の宿題をオンライン化するか否かは、利用するプラットフォームのよしあしはもちろんですが、それ以上に生徒・家庭の環境を冷静に考慮する必要があります。
③ 日常学習
塾内での学習を離れ、家庭や学校での学習など、より広く日常的な学習にデジタルを取り入れる効果についての研究もあります。
2024年の日本の大学生を対象に行った研究では、日常的な学習で使用する媒体により「紙のみ」「タブレットのみ」「紙とタブレットの併用」の3つのグループをつくり、ある国家試験を想定した模擬試験の成績を比較しました。
結果、学習意欲と成績の両面で優れていたのは「紙とタブレットの併用」グループでした。「紙のみ」のグループは基礎知識の定着には有利だが、習熟に時間がかかる傾向があり、一方「タブレットのみ」のグループでは、知識獲得は速いものの定着に劣る傾向がありました。
こちらも大学生対象の単発の研究ですので過度な一般化には注意が必要ですが、「紙とタブレットの併用」というスタイルが最も効果的であったことは直感にも馴染むのではないでしょうか。
タブレット端末を学習に用いる場合は、タブレットですべてを完結させるのではなく、紙教材と併用する前提で学習環境を設計するのがよさそうです。
④ デジタル教材の活用
ここまで「紙かデジタルか」の比較を中心に見てきましたが、「どういうデジタル教材であれば採用してもよいのか」も学習塾経営者にとっては重要な視点です。
先には「デジタルのよさを活かした教材には、紙以上の学習効果をもたらすものもある」とお伝えしましたが、具体的にはどのような教材なら効果的と言えるのでしょうか。
物語理解と語彙学習
2021年のノルウェーの研究では、1~8歳の子どもの物語理解・語彙学習を扱った39件の研究をレビューし、紙媒体の方が物語理解にはやや有利であるが、明確な有意差があるとは言えない程度であること、語彙学習においてはデジタル教材が優位であることを明らかにしました。
特に、デジタル教材の辞書機能は語彙学習を促進する効果があり、新しい知識を獲得する上でデジタル教材の独自機能が有効であることが示唆されました。
CATと学習記憶サイクルの組み合わせで学習成績を向上
デジタルならではの機能が効果的な学習を促すことについて、2022年の日本の研究ではCAT(Computerized Adaptive Testing:コンピュータ適応型テスト)モデルと「学習記憶サイクル」を組み合わせた適応的な形成的評価システムが提案され、学習成績を有意に向上させる結果が得られました。
従来のCATでは、学習者の解答の正誤により出題の内容や難易度がダイナミックに変わり、その人の学習状況に適した問題が提示される仕組みが研究されてきました。そこに「学習記憶サイクル」すなわち記憶の定着と忘却のサイクルを考慮した出題システムを搭載することで、より効果的な学習を実現できることが実証されました。
辞書機能のような単純なものでも一定の効果はあるようですが、「紙教材+紙辞書」でも似たことができそうですし、効果の度合いがさまざまなコストに見合うかは冷静に見定める必要があります。
むしろ、2つ目の研究の人間の忘却曲線を考慮したアダプティブラーニングはデジタルならではの学習体験であり、こうした領域がデジタル教材に求められていることなのではと思います。
4)学習塾における紙教材のメリット
本記事のまとめとして、学習効率の観点から紙教材とデジタル教材のそれぞれのメリットを整理します。まずは紙教材のメリットから。
①学習に集中できる
紙教材は学習以外には使用できません。裏を返せば、デジタル教材を動かす端末にはさまざまな誘惑があるということです。通知が来たり、不要な検索をしたり、別のアプリを立ち上げたり。集中を阻害する要素がないという点で、相対的に紙教材は優位性を持っています。
扱いが簡単であることも紙教材の特徴で、デジタル端末は操作に迷うことがままあり、集中を阻害します。
学習に集中しやすいのは紙の大きな特徴であるといえます。
②物理的情報が記憶の定着を促す
紙教材はその物理的特性が記憶の定着を促すと言われています。
ある思い出せない英単語があったとき、「単語帳のあのページの右上の方に書いてあったのは覚えてるんだよな…」と思ったことはないでしょうか。レイアウトが固定される紙教材には空間情報が含まれており、記憶の定着・想起を助けてくれます。
また、本の厚みを感じながら指を使ってめくる動作は、新しい情報を物理的体験に折り込みながら記憶することにつながります。
ただし、デジタル教材には物理的特性とは別のアプローチで記憶の定着を促す仕掛けが施されているものもたくさんあります。一概に「紙の方がデジタルよりも記憶の定着によい」ということではありませんので、ぜひ個々の教材を分析しながらご判断いただければと思います。
③深く考えるのに適している
紙教材は、相対的に深く思考するのに向いていると考えられています。
余計な誘惑がないことは深い思考を阻害せず、空間情報や触覚のフィードバックは思考を刺激します。
余白に書き込んだり、重要なページを折り込んだり、一連の思考を表現し、定着させる使い方が自由度高くできることも紙の強みです。
また、そのものが発光しているデジタル端末に比べ、反射光を使う紙は目に優しく、長時間の学習において疲労しづらいこともポイントです。
5)学習塾におけるデジタル教材のメリット
デジタル教材のメリットも整理しておきます。
①知識獲得に優れる
デジタル教材は新しい知識を獲得するのに適しています。
教材内に埋め込まれた辞書機能はもちろんのこと、写真や動画を使って対象を表現したり、インターネット検索を併用できたりすることで、「これってどういうことだろう?」という疑問に多角的に答えられるのはデジタルの強みです。
紙教材はその物理的制約から情報量に上限があり、この点においてデジタルに大きく劣ります。
②学習を個別化しやすい(アダプティブ・ラーニング)
情報量に上限がある紙教材は必然的に対象(学年や学習レベル)を限定したものにならざるを得ず、学習者に最適化させることが難しい場合があります。
デジタル教材には、その膨大な情報量とインプットに対する分析結果から、対象に適した情報・問題のみを選択的に提示するアダプティブ・ラーニングを提供するものがあります。
アダプティブ・ラーニングが効果的であることは多くの研究が示すところであり、デジタル教材の学習効果を下支えします。
③ 新たな学習体験を提供する
デジタル教材には、アダプティブ・ラーニングに限らず、紙媒体のみではなし得なかった新しい学習体験を提供するものがあります。
新しい体験であることがすなわち学習効果を保証するわけではありませんが、数々の研究が示す通り、紙でできることをデジタルに置き換えるだけではデジタルは紙に勝てません。
「紙にできない学習体験を提供しているか?」はデジタル教材を評価する際の重要な一つのポイントになっており、私が2030年以降はデジタル教材が紙教材を上回ると考えるのも、この領域でさまざまなブレイクスルーがすでに見えているためです。
6)教材を見極める力をつけて柔軟な運用をしよう
「紙かデジタルか」という問いに対して学術論文の知見をベースに考察を加えてきましたが、いかがでしたでしょうか。
「いまのところ紙が無難である」という私の立場は、はじめはあまりに消極的に映ったかもしれませんが、直近の研究成果を参照することで、ある程度ご納得いただけたのではないかと思います。
大切なのは「いまのところ」という留保です。すでに紙媒体を超えるデジタル教材は市場に出始めています。ただ、それがまだ一握りであることも事実です。
その一握りの優れた教材を見極めるためにも、デジタルの新規性に踊らされることなく、「本当に“無難”な紙を超えるものなのか」と自問自答することが大切であると考えます。
そして、検討するときに、例えば「全科目共通でのデジタル導入」や「理科はデジタル」といった講師側、運営側のスキームだけで判断することは非常に危険です。教科によって特性は異なりますし、1つの教科でも学習する内容によって特性は異なります。
「どこで紙を、どこでデジタルを使うべきか?」、本稿がみなさまの教材を見極める目の涵養につながれば幸いです。
参考文献
- Assessing children’s reading comprehension on paper and screen: A mode-effect study
- Which reading comprehension is better? A meta-analysis of the effect of paper versus digital reading in recent 20 years
- Online vs traditional homework: A systematic review on the benefits to students’ performance
- タブレット端末による学習効果
- A Comparison of Children’s Reading on Paper Versus Screen: A Meta-Analysis
- Adaptive formative assessment system based on computerized adaptive testing and the learning memory cycle for personalized learning
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